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2013年1月31日木曜日

「ねじ子のヒミツ手技」ほか

どーも、やのっちです。

先日、バッテリーあがりました。
JAFに入っていて本当に良かったです。

この前の大雪で埋もれた愛車(ヴィッツ)の「ヴィッ男」くん
ぎゃー

(本当いろいろひどい目にあってます。持ち主のせいです。
ごめん。)


最近Amazonのヘビーユーザーです。


オススメの本を色々。

あまりに有名すぎて紹介するのも気が引けますが、手技系の本でオススメなのがこの「ねじ子」です。
実際に手技をやった人がイラストを書いているのですごーくわかりやすいです。
手技モノの本はいろいろありますが、まず最初の1冊はコレが定番でしょうか。

ケース・スタディものはいろいろありますが、僕は100cases(Internal medicineの新版が出ます!ぜひ。Internal medicineは日本語版もあるので英語苦手な方はそちらもどうぞ)シリーズが短くてさくっと読めて好きです。(かにまる勉強会で使っているのもコレです。)僕の勝手な印象だと、難易度的には玉石混交で見た瞬間にわかる問題も結構ある。外科・小児科・産婦人科・精神科などなど幅広い分野にわたって刊行されているので、国試勉強で問題集に飽きたときに2-3問やるとか、いろいろな使い方ができそう。初めに何を買うか迷ったらInternal medicineかAcute medicineをオススメします。
もうちょっと掘り下げて内科的なところをやるにはOxford Case Historiesがよさそうですね。
あと、先日岩瀬書店で「とことん感染症」「とことん呼吸器」というのを発見しました。画面が綺麗で見やすいし、よく見たら恩師も翻訳にあたっていらっしゃるので買おうかどうか迷いましたが、「洋書は極力原書で読む」という信念を貫いて、あえて原書を注文しました。


ということで、未読の洋書が机に溜まっていく感じがやるせないですが、シリーズものに対して一種の蒐集癖を発揮してしまう僕は、一冊買うと他のヤツが欲しくなってしまうというよくないスパイラルにはまりこんでいます。ああ。。

先週の日曜日は「たにかわ」でフレンチを食べて、「レ・ミゼラブル」を観て3時間ほぼずっと感涙して、岩瀬書店でいっぱい立ち読みした後、「かたち」三部作を買いました↓

ちなみに医学とあんまり関係ないですが、最近読んだ本では「かたち」のシリーズ(3部作)が抜群に面白かったです。そして美しいです。
いやあ、科学の面白さを魅せつけられました~。Natureの編集者はやっぱすごいです。
世界はなんて美しいんだろう。
生命の神秘が織りなすと思っていた独特のパターン。実は生命が初期条件や微分方程式を与えることで数学的に自動的に生成されているのかもしれませんね(もっとも、そこまでを含んで「神秘」なのでしょうが)。

心洗われた瞬間でした。
今日もがんばろっと。

2012年7月31日火曜日

二十九までは定職がなかった

おっす、やのっちです。

最近読んだ本から。

「十四歳までは勉強が好きじゃなかった。


二十九までは定職がなかった。

三十九までは不安だった。

四十九までは不遜だった。

五十九までは偏屈だった。

六十九までは枯れてなかった。」

論語の有名なくだりですが、加藤徹氏の解釈を読んで目からウロコが落ちる思いでした。

「孔子はすごい人だ」っていうカリスマ的な読みが一般的ですが、「孔子も人間なんだな」と二千年の時空を超えて人間の性の変わらない部分を読む読み方の方がずっと好きです。

最近中国(とインド)にハマってるやのっちでした。

2012年4月22日日曜日

本棚「犠牲のシステム」


やのっちです。

福島の原発問題に関する本を読みました。
犠牲のシステム福島・沖縄
著者の高橋哲哉氏は福島生まれの哲学者です。

原発問題を個人が自分の人生という文脈の中でどう捉えるかという思想的困難は、福島県民のみならず日本に住む多くの人が直面したと思います。
僕も原発問題を抱える福島で研修を始めるにあたって思うことがなかったではないのですが、その問題を直視することを避けていたのかも知れません。
そんなときふと手に取ったのがこの本でした。

高橋氏は福島育ちで学生時代に上京した人です。福島に生まれ育ったということと、福島の原発で作った電気を使って暮らしていたということとが著者個人の葛藤を生んでいる、との記述もあり僕も共感するところがありました。


さて本の内容。

高橋氏が注目するのは、原発問題を天罰・天恵として捉える動向がめだったことです。
行き過ぎたテクノロジーに対する天罰であるから、これを機に我々の文明の抱える問題を改めるべきだ、というようなものの見方のことです。
著者はこれに対し、そもそも災害は地球物理学的メカニズムにしたがって起こるのであってそこに意味づけをするのは人間ではないか、なぜ福島が天罰という贖罪の構図に組み込まれなくてはならないのか、と問題提起をします。
そしてここに原発という負の資産を少数派に押し付けることによって大多数の人が利益を享受するという犠牲のシステムが浮き彫りになるといいます。
ここでトリッキーなのは原発を引き受けた地元側に多少なりとも経済的見返りがあったということ、集団の意向は必ずしも個人の意志の線形結合に還元できないことです。
その上で、この原発問題によって原発所在地を犠牲者とする―ある種植民地支配にも通じるような―犠牲のシステムが顕在化したということを、日本の世論に対する意識喚起という文脈において肯定的意味づけが可能だと論じました。

具体的施策を示すというよりも個人のなかでの意味づけに終始している印象の本ですが、学ぶところが多かったです。
特に、犠牲に対して無自覚でいられることこそが「植民主義的」である、という主張は含蓄が深いと思います。

無自覚であることが人を傷つけるという構図ってなんとなく普遍的な気がします。
マリー・アントワネットの「パンがないならケーキ(本当はブリオッシュ:卵のたくさん入った生地の贅沢なパンのこと。日本語だと「パン」としか言えないから「ケーキ」と訳したらしい)を食べればいいのに。」というセリフなんかもそのひとつでしょうか。
幼いころ母親に「勉強するのは優しい人になるため」と言い聞かされて育ったのですが、この本を読んで少しその意味がわかった気がしました。たくさんのことを学んでやさしい人になりたいです。
(ものすごく卑近なまとめ方になってしまってすみません笑)

でもやっぱり原発問題を自分の人生という文脈の中でどう落ち着けていくか、ということに関してはまだまだ難しいですね。
福島生まれでもない僕ですらそうなのですから、地元の方のお気持ちを思うと心が痛みます。



なんだか重い話になってしまってすみません。
まだまだ思うところはあるのですが、今回はこの辺で~