2013年4月29日月曜日

放射線科研修終了!

どーも、やのっちです。

例によって私事ですが、先日、大学時代の友人が来てくれました。
蓬莱ショッピングセ○ターのスーパー、Iちいで買い出しして、自宅で夕食作りました。
久しぶりに気合の入った料理ができて、ストレス発散になりました(^O^)わーい。

アボカドのサラダ、スイートチリソースで
ブルスケッタ(Oくん作)
人参の豆乳ポタージュ
ホタテのソテと新じゃがいも、クリームソースで
豚肩ロースのカツレツと茹で野菜、塩麹のヴィネグレットで

田舎のタルト、フレッシュチーズといちごをのせて


わざわざ福島まで新幹線で訪ねてきてくれる友人がいるなんて嬉しいですね。
「朋有り遠方より来たる、亦楽しからずや」のあれです。
「学びて時に」の方は…、ええ、はい、そちらも頑張ります。汗(笑)
たくさん「借金」が溜まっているので、返済していきます。
われながら計画性なさすぎ……。・゚・(ノД`)・゚・。



さて、研修医2年目になってあっという間に1ヶ月が終わってしまいました。(あと1日ありますが。)
この1ヶ月間、福島県立医大の放射線科でCTの読影を中心に勉強させて頂きました。

毎日が発見の連続で、いかに自分が見たつもりで見ていないかということを学びました。
(認識できるかどうか、ですかね。)

そして、放射線科でもやっぱり大切なのが臨床情報。
主訴は何で、どういう状況で撮られたものなのか、鑑別疾患は何が考えられるのか(画像的に&臨床的に)。

あとは、自分の言葉が相手にどのように伝わっているか、ということへの意識が強くなりました。
医師同士であっても、ニュアンスや細かい意図を伝えるのは難しいですね。言葉の一人歩きを肌で感じます。
医師対患者の場合はもっともっと気を使わないと行けないんだろうな、と思います。

肺転移を見逃して上の先生に教えていただいたり、膵臓のくびれを見て嚢胞性疾患だと言ったりとまあ、いろいろやらかしましたが、常に上の先生のチェックが入って正式なレポートとして「出荷」されるので、フィードバックされる安心感があってよかったです。もちろんそこから学ぶことが非常に大きかったです。
頑張っていろいろレポートを書いても方向性が間違ってて、「出荷」前に大幅に直されることが多かったのですが、ときたまほぼそのままで採用されたりすると嬉しかったものです。

研修を終えるにあたって、いつでも暇なときは読影しに来ていいよ、と言っていただきました。
1ヶ月の短い間でしたが、毎日いっしょに昼ご飯食べに行ったり、ドーナツいただいたり、山奥でシュールストレミング食べてみたり(「もう二度と買わない」そうです)、先生方に歓迎していただきました。

楽しく研修させていただいた先生方に心から感謝したいと思います。
ありがとうございました。

2013年4月24日水曜日

献血してきました

どーも、やのっちです。

この間、献血して来ました。
というか、献血のときのお医者さんをやって来ました。

究極の流れ作業ですね。
看護師さんの手際の良さが素晴らしい。

ところで福島で献血すると(たぶん)小峰シロという白河の萌えキャラ(2012年moe1グランプリで優勝?)のポスターがもらえるそうです。
(そういえば某研修医室にポスター4枚組が貼ってあったような…)

僕が行ったところでは、マヨたこ、おにぎり、バナナ、生花…など様々なおまけがついてて、すごいなーと思いました。(←感想が雑 笑)
普段何気なくオーダーする輸血は、協力者の善意や赤十字のスタッフ、おばちゃん…じゃなくてお姉さん看護師(でも、こう言うとなんかアレですね)の凄腕やおにぎり・マヨたこ、萌えキャラに支えられているんですね。
輸血がおにぎりに支えられている図



献血で思いがけない重症の貧血がわかることもあります。
ヘモグロビン4g/dl台という貧血の方もいらっしゃって、婦人科と消化器内科の受診をおすすめしました。

たかが献血、されど献血。
みなさん、献血にご協力ください。


でも、十年単位のオーダーでは、ヘモグロビン類似物質とかが合成できるようになって必要な輸血の量が減るといいですね。

ではまた~

2013年4月21日日曜日

肝障害と腎機能障害

どーも、やのっちです。


福島市に引っ越して来たはいいものの、自宅でwimaxが入らず、不自由な日々を送っています。
自宅ではここ2週間iPhoneしか使っていませんが、どーも文字入力が今ひとつですね。
そこで、iPhone用にbluetooth対応のキーボードを購入して使っています。

いま、この文章もiPhoneとキーボードという組み合わせで書いているのですが、わりと快適です。
語末の「ん」が「n」のキーを2回打ってからじゃないと変換時に認識されないとか、予測変換が普通の変換と同列に表示されるのでいつもの週間で「Tab」キーを打つと失敗するとか、そういうマイナーなトラブルはありますが。
(DeleteとBackspaceの使い分けができないのはMacと共通ですかねえ?)
にしても、こんな長い文章をiPhoneで入力したこと自体が初めてのような気がします。それでもそんなに苦痛じゃない、というか、iPhoneでこんなに文字がサクサク出て来ることがむしろかいかn(「n」1回で変換してしまうとこうなります。T^T)、もとい、快感なのはやっぱりキーボードのおかげでしょう。

十字キーが使えるのもいいですね。
iPhoneやタブレット端末だと、
「(ぽん)あれっ、そこじゃなくてここからここ、ってああ、そこじゃないっ、そうそう、そこそこ。で、こうやって…って自分の指が邪魔で見えないって、いまどこにいるのあの水色のあれは?あ、だからそうじゃないってーーー。むむむむむむ。気を取り直してもう一度。(ぽん)そうそう、そこそこ。で、そこからここま…どぅわー、だからページ全体じゃないって、もう、ぬわぁぁぁぁ!ぐぬぬぬぬぬ…」
ってなるところですが(伝わらなすぎてごめんなさい)、十字で細かく動かせるのがいいですね、この…点滅している…この…この線を(名前なんていうんだろう?)。
っていうか、今、書いてから気づいたんですけど、「Shift」+「十字キー」の範囲選択は使えないんですね。じゃ、やっぱり「(ぽん)ぬわぁぁぁぁ!」的な感じは変わらない訳ですね。ざんねn(ああ、残念 orz)。


どうでもいい話はさておき、


私は思い出しました、 突然、 あることを。


そうです。


あの、過ぎし日に「なんで病名に「腎機能障害」と「肝障害」しかなくて「機能」って入ったり入らなかったりするんだ(怒)」と苛立ってあらせられた某指導医の先生を。


わかったんです。なぜなのか!


僕の考えにすぎないんですが、

肝細胞性障害(=肝障害(狭義)) ー> AST、ALTなど(肝細胞の中にあったけど壊れて出て来た物質)で評価する

肝機能障害(〜肝予備能低下?) ー> コレステロール、PT、Alb、ChEなど(肝臓の働きで合成されて、血中に出てくる物質)で評価する。進むと肝不全になる。

腎細胞性障害 ー> そういう概念はあまりないかも。

腎機能障害(〜糸球体濾過量の低下?) ー> CreやBUNなど(腎臓の働きで血中から除去される物質)で評価する。進むと腎不全になる。

心筋障害 ー> CKーMBなど(心筋細胞の中にあったけど壊れて血中に出てきた物質)で評価する。

心機能低下 ー> 心臓による有効な血液の吸い上げ・拍出ができなくなる。進むと心不全(に含まれる病態)になる。

臓器そのものが壊れるのか、その働きがダメになるのか、ということがポイント。
腎臓そのものが壊れる病態というのはあまりないのかな?それとも腎臓の逸脱酵素として適切なものがないだけ?

書いてみると当たり前だけど、普段何気なく使ってる概念を整理することって大事だよな、と再認識しました。

ではまた〜

2013年4月19日金曜日

かにまる勉強会 2年目です!

どーも、やのっちです。

最近、F島駅ビルのM印良品で、低反発まくらを購入しました。
やー、これはヤバい。

ちなみに「ヤバい」とは、「●●すぎてヤバい(=●●すぎて危険な状況である、転じて、程度が甚だしいこと。とくに「素晴らしい」の意味合いで用いられることが多い)」の省略として平成20年代くらい(?)から若者を中心に使用されるようになった表現です。(「ヤバい」自体は、「危ない」のくだけた語形でしょうね。「危ない」の古形が「危ふし(あやふし)」ですから、語頭の「あ」がとれたら「やぶし」で「ヤバい」に転じてもおかしくない気がしなくもありません。)
類似の経時的意味変化としては「あさまし(恐ろしい、興ざめだ→程度が甚だしい→素晴らしい)」、「すごい(恐ろしい、興ざめだ→程度が甚だしい→素晴らしい)」などがあります。
っていうか平安時代とパラレルな現象が現代日本語で起きているって感動的ですよね(?←感動のポイントがマニアックすぎる笑)。感動的すぎて泣きそう(…)。
(以上の内容は僕の理解に過ぎませんので、誤った内容があっても責任は負えないよう。)

いつも横になると2分で寝てしまう僕ですが、低反発まくらにしてから30秒で寝付くようになりました。
そして眠りが深い!
キッチンタイマーをかけて10分昼寝、なんて芸当をよくやってたんですが、
…ムリです。朝までぐっすりでした。
怖くて二度寝できなくなりそうです(「なりました」じゃないところがミソです)。


さて本題。
今年度も、福島医大病院では、研修医と学生の合同勉強会「かにまる」が始まりました。
(というか、昨年度は僕が勉強会を立ち上げたはいいものの、その後外病院研修になってほとんど医大にいなかったので、かなりほっぽり出し感が前面に出てたました。(Kくん、みんな、ほんとうにありがとう(泣))。4月になってまた新たな面々も加わって地道に頑張ってます。)

前々回(第1回)は膠原病治療中の呼吸困難について勉強しました。
メトトレキサート肺炎は導入後度のタイミングで起きてもいいこと、一度肺炎を起こしたら普通は再導入しないことがポイントでした。
胸水に対するアプローチとして、画像は存在診断に、穿刺は鑑別診断に、ドレナージは特定の病態・疾患に対する治療として使えるというのがポイントでした。

前回(第2回)は急性肝不全と慢性肝不全の所見の違いその他について勉強しました!
抗結核薬による肝障害は、回復すればもう一度一剤ずつ再開していっていいということもポイントでした。

参加者の皆さんありがとうございました。

正規の研修医の講義である「ステップアップセミナー」の直後に始めるので、そのままの流れで研修医が参加しやすい(?)感じに工夫してあります。

次回はどんな会になることやら。
準備頑張りまーす。あー、ヤバいヤバい。笑

ではまた~



2013年4月17日水曜日

岩田健太郎著「ためらいのリアル医療倫理」

どーも、やのっちです。
ご無沙汰でござる。

今日の朝ごはんは黒米入りご飯と豆乳ミネストローネとカツオの酒盗とポーチドエッグでした。
活字にすると洒落乙な感じですが、昨夜の残りご飯をレンジで温めて、お湯沸かした鍋に卵を落っことして、スープ缶と豆乳を温めただけです。
最近、スーパーで買った酒盗が大好きなんですよね~へへ。ポーチドエッグとの相性がいいので、もしアレだったらお試しください。
あったかご飯に乗っけて食べると、なんとも言えず美味です。

…って、本題とはまったく関係ないんですけどね。。。

さて本題。
岩田健太郎先生の「ためらいのリアル医療倫理」という本を読みました。
(「ためらいの倫理学」へのオマージュなんですね、amazonで偶然ヒットして判明しました=3秒前まで知らなかった…。)
ま、読んだといってもわーーーーっと読み散らかした感じですが。

この本は医療倫理の2つの限界を描いた本といえるでしょう(独断ですが笑)。
①一つは医療倫理の内的普遍性の限界。
医療倫理における原則って例外があるんじゃない?的な。(ただし、筆者は原則と例外っていう二元論ではなく、典型と例外を双極とするグラデーションで捉えてますけど)
②も一つは医療倫理の外的敷衍性の限界。
「医療の枠組みで正しいことも、自由な意思決定とか、他の枠組みで考えると正しくないことがある」ということ。
例:死んでもいいから入院だけはしたくない、という人の意思とか。


で、この2つの問題とも「二元論の克服」で解決できまっせ、という本なのです。


①に関しては、(原文のクールな文章を暑苦しく要約してみました)
例:万人を分け隔てなく診療することは、物理的にも精神的にもムリっ!
→実際には個々の医者にとって、地理的・心理的・時間的に近い患者と遠い患者がいる
→理想の医療じゃないじゃん!!
→じゃあ、万人に平等っていう理想は捨てればいいの?(二元論的発想)
→理想の医療と実現可能な医療との間には埋められない溝があることを認識した上で、なおかつある程度その理想に近づく努力をしようぜ!!!(二元論の克服)
という感じで論じています(? 脚色してますが笑)。

②に関しても、
自由な意思決定権と最適な医療の提供のどっちを優先すればいいの?(二元論的発想)
→どちらも100%は実現できないという現実を認識した上で、なおかつ両方に最大限(そしてそのケースにあったバランスで)近づけていく努力をしようぜ!!(二元論の克服)

こんな読み方をしてみたのでした。

なんだか骨組みだけ読んでも面白くないので、興味のある方はぜひご自分で読んでみてくださいね。
ではまた~~