2013年4月21日日曜日

肝障害と腎機能障害

どーも、やのっちです。


福島市に引っ越して来たはいいものの、自宅でwimaxが入らず、不自由な日々を送っています。
自宅ではここ2週間iPhoneしか使っていませんが、どーも文字入力が今ひとつですね。
そこで、iPhone用にbluetooth対応のキーボードを購入して使っています。

いま、この文章もiPhoneとキーボードという組み合わせで書いているのですが、わりと快適です。
語末の「ん」が「n」のキーを2回打ってからじゃないと変換時に認識されないとか、予測変換が普通の変換と同列に表示されるのでいつもの週間で「Tab」キーを打つと失敗するとか、そういうマイナーなトラブルはありますが。
(DeleteとBackspaceの使い分けができないのはMacと共通ですかねえ?)
にしても、こんな長い文章をiPhoneで入力したこと自体が初めてのような気がします。それでもそんなに苦痛じゃない、というか、iPhoneでこんなに文字がサクサク出て来ることがむしろかいかn(「n」1回で変換してしまうとこうなります。T^T)、もとい、快感なのはやっぱりキーボードのおかげでしょう。

十字キーが使えるのもいいですね。
iPhoneやタブレット端末だと、
「(ぽん)あれっ、そこじゃなくてここからここ、ってああ、そこじゃないっ、そうそう、そこそこ。で、こうやって…って自分の指が邪魔で見えないって、いまどこにいるのあの水色のあれは?あ、だからそうじゃないってーーー。むむむむむむ。気を取り直してもう一度。(ぽん)そうそう、そこそこ。で、そこからここま…どぅわー、だからページ全体じゃないって、もう、ぬわぁぁぁぁ!ぐぬぬぬぬぬ…」
ってなるところですが(伝わらなすぎてごめんなさい)、十字で細かく動かせるのがいいですね、この…点滅している…この…この線を(名前なんていうんだろう?)。
っていうか、今、書いてから気づいたんですけど、「Shift」+「十字キー」の範囲選択は使えないんですね。じゃ、やっぱり「(ぽん)ぬわぁぁぁぁ!」的な感じは変わらない訳ですね。ざんねn(ああ、残念 orz)。


どうでもいい話はさておき、


私は思い出しました、 突然、 あることを。


そうです。


あの、過ぎし日に「なんで病名に「腎機能障害」と「肝障害」しかなくて「機能」って入ったり入らなかったりするんだ(怒)」と苛立ってあらせられた某指導医の先生を。


わかったんです。なぜなのか!


僕の考えにすぎないんですが、

肝細胞性障害(=肝障害(狭義)) ー> AST、ALTなど(肝細胞の中にあったけど壊れて出て来た物質)で評価する

肝機能障害(〜肝予備能低下?) ー> コレステロール、PT、Alb、ChEなど(肝臓の働きで合成されて、血中に出てくる物質)で評価する。進むと肝不全になる。

腎細胞性障害 ー> そういう概念はあまりないかも。

腎機能障害(〜糸球体濾過量の低下?) ー> CreやBUNなど(腎臓の働きで血中から除去される物質)で評価する。進むと腎不全になる。

心筋障害 ー> CKーMBなど(心筋細胞の中にあったけど壊れて血中に出てきた物質)で評価する。

心機能低下 ー> 心臓による有効な血液の吸い上げ・拍出ができなくなる。進むと心不全(に含まれる病態)になる。

臓器そのものが壊れるのか、その働きがダメになるのか、ということがポイント。
腎臓そのものが壊れる病態というのはあまりないのかな?それとも腎臓の逸脱酵素として適切なものがないだけ?

書いてみると当たり前だけど、普段何気なく使ってる概念を整理することって大事だよな、と再認識しました。

ではまた〜

2013年4月19日金曜日

かにまる勉強会 2年目です!

どーも、やのっちです。

最近、F島駅ビルのM印良品で、低反発まくらを購入しました。
やー、これはヤバい。

ちなみに「ヤバい」とは、「●●すぎてヤバい(=●●すぎて危険な状況である、転じて、程度が甚だしいこと。とくに「素晴らしい」の意味合いで用いられることが多い)」の省略として平成20年代くらい(?)から若者を中心に使用されるようになった表現です。(「ヤバい」自体は、「危ない」のくだけた語形でしょうね。「危ない」の古形が「危ふし(あやふし)」ですから、語頭の「あ」がとれたら「やぶし」で「ヤバい」に転じてもおかしくない気がしなくもありません。)
類似の経時的意味変化としては「あさまし(恐ろしい、興ざめだ→程度が甚だしい→素晴らしい)」、「すごい(恐ろしい、興ざめだ→程度が甚だしい→素晴らしい)」などがあります。
っていうか平安時代とパラレルな現象が現代日本語で起きているって感動的ですよね(?←感動のポイントがマニアックすぎる笑)。感動的すぎて泣きそう(…)。
(以上の内容は僕の理解に過ぎませんので、誤った内容があっても責任は負えないよう。)

いつも横になると2分で寝てしまう僕ですが、低反発まくらにしてから30秒で寝付くようになりました。
そして眠りが深い!
キッチンタイマーをかけて10分昼寝、なんて芸当をよくやってたんですが、
…ムリです。朝までぐっすりでした。
怖くて二度寝できなくなりそうです(「なりました」じゃないところがミソです)。


さて本題。
今年度も、福島医大病院では、研修医と学生の合同勉強会「かにまる」が始まりました。
(というか、昨年度は僕が勉強会を立ち上げたはいいものの、その後外病院研修になってほとんど医大にいなかったので、かなりほっぽり出し感が前面に出てたました。(Kくん、みんな、ほんとうにありがとう(泣))。4月になってまた新たな面々も加わって地道に頑張ってます。)

前々回(第1回)は膠原病治療中の呼吸困難について勉強しました。
メトトレキサート肺炎は導入後度のタイミングで起きてもいいこと、一度肺炎を起こしたら普通は再導入しないことがポイントでした。
胸水に対するアプローチとして、画像は存在診断に、穿刺は鑑別診断に、ドレナージは特定の病態・疾患に対する治療として使えるというのがポイントでした。

前回(第2回)は急性肝不全と慢性肝不全の所見の違いその他について勉強しました!
抗結核薬による肝障害は、回復すればもう一度一剤ずつ再開していっていいということもポイントでした。

参加者の皆さんありがとうございました。

正規の研修医の講義である「ステップアップセミナー」の直後に始めるので、そのままの流れで研修医が参加しやすい(?)感じに工夫してあります。

次回はどんな会になることやら。
準備頑張りまーす。あー、ヤバいヤバい。笑

ではまた~



2013年4月17日水曜日

岩田健太郎著「ためらいのリアル医療倫理」

どーも、やのっちです。
ご無沙汰でござる。

今日の朝ごはんは黒米入りご飯と豆乳ミネストローネとカツオの酒盗とポーチドエッグでした。
活字にすると洒落乙な感じですが、昨夜の残りご飯をレンジで温めて、お湯沸かした鍋に卵を落っことして、スープ缶と豆乳を温めただけです。
最近、スーパーで買った酒盗が大好きなんですよね~へへ。ポーチドエッグとの相性がいいので、もしアレだったらお試しください。
あったかご飯に乗っけて食べると、なんとも言えず美味です。

…って、本題とはまったく関係ないんですけどね。。。

さて本題。
岩田健太郎先生の「ためらいのリアル医療倫理」という本を読みました。
(「ためらいの倫理学」へのオマージュなんですね、amazonで偶然ヒットして判明しました=3秒前まで知らなかった…。)
ま、読んだといってもわーーーーっと読み散らかした感じですが。

この本は医療倫理の2つの限界を描いた本といえるでしょう(独断ですが笑)。
①一つは医療倫理の内的普遍性の限界。
医療倫理における原則って例外があるんじゃない?的な。(ただし、筆者は原則と例外っていう二元論ではなく、典型と例外を双極とするグラデーションで捉えてますけど)
②も一つは医療倫理の外的敷衍性の限界。
「医療の枠組みで正しいことも、自由な意思決定とか、他の枠組みで考えると正しくないことがある」ということ。
例:死んでもいいから入院だけはしたくない、という人の意思とか。


で、この2つの問題とも「二元論の克服」で解決できまっせ、という本なのです。


①に関しては、(原文のクールな文章を暑苦しく要約してみました)
例:万人を分け隔てなく診療することは、物理的にも精神的にもムリっ!
→実際には個々の医者にとって、地理的・心理的・時間的に近い患者と遠い患者がいる
→理想の医療じゃないじゃん!!
→じゃあ、万人に平等っていう理想は捨てればいいの?(二元論的発想)
→理想の医療と実現可能な医療との間には埋められない溝があることを認識した上で、なおかつある程度その理想に近づく努力をしようぜ!!!(二元論の克服)
という感じで論じています(? 脚色してますが笑)。

②に関しても、
自由な意思決定権と最適な医療の提供のどっちを優先すればいいの?(二元論的発想)
→どちらも100%は実現できないという現実を認識した上で、なおかつ両方に最大限(そしてそのケースにあったバランスで)近づけていく努力をしようぜ!!(二元論の克服)

こんな読み方をしてみたのでした。

なんだか骨組みだけ読んでも面白くないので、興味のある方はぜひご自分で読んでみてくださいね。
ではまた~~



2013年1月31日木曜日

「ねじ子のヒミツ手技」ほか

どーも、やのっちです。

先日、バッテリーあがりました。
JAFに入っていて本当に良かったです。

この前の大雪で埋もれた愛車(ヴィッツ)の「ヴィッ男」くん
ぎゃー

(本当いろいろひどい目にあってます。持ち主のせいです。
ごめん。)


最近Amazonのヘビーユーザーです。


オススメの本を色々。

あまりに有名すぎて紹介するのも気が引けますが、手技系の本でオススメなのがこの「ねじ子」です。
実際に手技をやった人がイラストを書いているのですごーくわかりやすいです。
手技モノの本はいろいろありますが、まず最初の1冊はコレが定番でしょうか。

ケース・スタディものはいろいろありますが、僕は100cases(Internal medicineの新版が出ます!ぜひ。Internal medicineは日本語版もあるので英語苦手な方はそちらもどうぞ)シリーズが短くてさくっと読めて好きです。(かにまる勉強会で使っているのもコレです。)僕の勝手な印象だと、難易度的には玉石混交で見た瞬間にわかる問題も結構ある。外科・小児科・産婦人科・精神科などなど幅広い分野にわたって刊行されているので、国試勉強で問題集に飽きたときに2-3問やるとか、いろいろな使い方ができそう。初めに何を買うか迷ったらInternal medicineかAcute medicineをオススメします。
もうちょっと掘り下げて内科的なところをやるにはOxford Case Historiesがよさそうですね。
あと、先日岩瀬書店で「とことん感染症」「とことん呼吸器」というのを発見しました。画面が綺麗で見やすいし、よく見たら恩師も翻訳にあたっていらっしゃるので買おうかどうか迷いましたが、「洋書は極力原書で読む」という信念を貫いて、あえて原書を注文しました。


ということで、未読の洋書が机に溜まっていく感じがやるせないですが、シリーズものに対して一種の蒐集癖を発揮してしまう僕は、一冊買うと他のヤツが欲しくなってしまうというよくないスパイラルにはまりこんでいます。ああ。。

先週の日曜日は「たにかわ」でフレンチを食べて、「レ・ミゼラブル」を観て3時間ほぼずっと感涙して、岩瀬書店でいっぱい立ち読みした後、「かたち」三部作を買いました↓

ちなみに医学とあんまり関係ないですが、最近読んだ本では「かたち」のシリーズ(3部作)が抜群に面白かったです。そして美しいです。
いやあ、科学の面白さを魅せつけられました~。Natureの編集者はやっぱすごいです。
世界はなんて美しいんだろう。
生命の神秘が織りなすと思っていた独特のパターン。実は生命が初期条件や微分方程式を与えることで数学的に自動的に生成されているのかもしれませんね(もっとも、そこまでを含んで「神秘」なのでしょうが)。

心洗われた瞬間でした。
今日もがんばろっと。

2013年1月8日火曜日

ブームに乗り遅れた

どーも、昨日、研修医室の自分の机の本棚に本Aを戻そうと思ったけど、ちょっとモノグサして、戻すのに十分なスペースを作ることなく、戻そうと考えている位置の右にある本Bを本Aの裏表紙で右に押しながら戻そうとしたら、力余って本Bおよびそれより右の本たちが、しゅしゅしゅしゅしゅんって倒れて、その右にあったシェービングクリームの缶Cに当たって、缶Cが本棚から机面に向かって自由落下してマグカップDを倒して、マグカップDに満たされていた推定50度の香檳烏龍茶の抽出液が机面に広がって床に落ちていって、その様を見て「っっん、んどぅわーーーーーっっ!!」と叫びながら自分の座っていた椅子を倒したことによって椅子の座面もちょっと濡らしてしまった、やのっちです。
ちょっとピタゴラスイッチみたいでした。笑
(パソコンはちょっと濡れただけで無事でした。)

最近、amazonのヘビーユーザーです。
自宅あてにするとなかなかその時間に帰宅できなかったりするので、だいたいのものは医局宛に送ってしまっています。
そして医局の事務の方に迷惑ばかりかけています(ごめんなさい)。

ただ、さすがに仕事と関係ないものばっかりだと気がひけるので、必ず1冊以上の医学書と一緒に注文することにしています。(←かさばって余計迷惑だし、全く正当化になっていない。笑)

amazon。医学書とかが気軽に注文できるのは嬉しいですが、ヤツが僕好みのものをオススメしてくれるのが、なんとも甘い罠です。
罠とわかっていながらしっかり引っかかっていますが(笑)。

そして侮れないのが「ほしい物リスト」です。(註:干し芋のリストではない)
「今月はちょっと苦しいから、クレジットカードの決済月の切り替えが過ぎたらこれを買おっかな~」と思うものって、次に注文しようとしてもなかなか思い出せなかったりして結局買わずに済んでた気がするのですが、「ほしい物リスト」(註:干し芋のリストではない)を利用し始めてからというもの、もうとっくに忘れていたものを再発見して、「在庫があと3冊しかないから早く買わなきゃ!」というダメダメ消費者的発想に陥りがちです。

そしてそのダメダメ消費者的発想の産物がこれです↓。(昨日倒れたのは2段目だったので、この段は無事でした)

JINって面白いですねー。
お医者さんが幕末の日本にタイムスリップしてしまうお話です。

「久しぶりに時代の潮流に合致した営みをしている!」と思ったけど、世の中的にはもうブームは終わったそうです、残念。
でも続きが気になるのでまたamazonで買います。
(年末から3冊ずつくらいちょくちょく注文して少しずつ読んでます。大人買いすると多分一気に読んでしまうので 笑)

僕は江戸時代にタイムスリップしたら、医者らしいことは何もできないと思います。
(あっ、でも当時の漢方を勉強できるのはちょっと嬉しいかも!)
僕もいつタイムスリップするかわからないので(?)、しっかり勉強しようと志を新たにしました。(笑)

ではまたー。




2013年1月6日日曜日

全身麻酔まとめ(維持篇)

どーも、やのっちです。

今度の病院では研修医が1人ではない(笑)ので、科と科の変わり目に引継ぎというものがあります!

麻酔の引継ぎとして、(導入の流れは10月に自分のまとめのために作ったヤツがあったので)、維持のやり方についてまとめたものを新たに作りました↓


手書きで作ってしまったのでちょっと残念ですが、麻酔維持に最低限必要な知識はこのくらいでなんとかなるのではないかと思います。

ちなみに、覚醒・抜管のところは…(作ってなかった。)ま、上の先生来てくださるし、なんとかなるのでは?(汗)

ということで、明日から麻酔科のGくんとNくん、頑張ってねー。

2013年1月4日金曜日

行く年来る年

あけましておめでとうございます。

ご無沙汰しております。やのっちです。
ぐーたらしている間に年が明けてしまいましたね。

年末は忘年会で余興やりました~。
キュートンのパロディというか真似です。
風邪っぴきの直後くらいだったので、パンツ一丁で踊るのはなかなかしんどかったですが、達成感がありました。
(そして運動不足を痛感しました。贅肉は正直です。)

クリスマス・イブには予定が埋まらない同僚たちを誘って、拙宅にて「残念会」を開催しました。大いに盛り上がりました(?)
酔っ払った同期の1人が僕のベッドに発泡酒をこぼした(!)ことが最大に残念だったこと以外は、とてもとても楽しい夜でした。
一緒に美味しいもの(自画自賛?笑)食べて、ワイン飲んで、ケーキ食べてわいわいやってもののけ姫見てトランプやって…。なんだか学生時代に戻ったみたいでした。

さて、肝心の研修はというと、太田西ノ内病院での麻酔科・救急科研修が終わろうとしています。
3次外傷もがしがし来るER、薄暗くてデバイスがいっぱいあって重症そうな患者さんがたくさんいるICU、器械や機材・薬品・点滴が入り乱れる手術室…。
初めてのことばかりで、一日のスケジュールを把握するだけでもやっと、ICUでの治療なんて何やってるかさっぱり…。
ただ要所要所で、ERや集中治療をやってて楽しい!と思える瞬間があったことは間違いありません。
ま、次の瞬間「でも、体力的につらい」と思うことも多かったですが。
とにかく鍛えられた3ヶ月でした。(身についているかどうかはアレです)

ちなみに麻酔はというと、かなり初期からずっと楽しかったです。
初日は数字がたくさん出てきて頭から煙がでてましたが、モニターできる変数(血圧とか心拍数とか)の組み合わせから生理学的な変数の動きを予測して、介入すべき手段を組み立てていく感じが素直に面白いと感じました。
例えば、最初は血管内ボリュームの指標としては血圧と心拍数しか考えていなかったのですが、尿量、SpO2波形、EtCO2などの変数も加味して複合的に捉えられるということを教わって、より的確な判断ができるようになったような気がしました。
来週からはまた新しい科での研修になります。
頑張りまーす。

そういえば、今年は大学時代に愛用していた陰山手帳から白衣のポケットに入るサイズの手帳に変えましたよ。
就職してからも陰山手帳を使っていたのですが、職場では手帳が手元にない状態(陰山手帳は実に申し分のない非常に優れた手帳なのですが、残念かな、大きくて白衣のポケットには入りません)なので、実質的に手帳として機能してなくて、なんだか見通しのない人生を送ってきてた気がします(涙)。というと大袈裟か(笑)。

でも、4色ボールペン(これも本日イトーヨーカドーで購入)とハンディな手帳を手にした今、気分はバリバリのビジネスマンです。
そして赤で仕事上のタスク、青で仕事以外のタスク、緑でプライベートの予定を書き込めば、直感的にわかりやすくて機能的じゃないですか(←自己啓発書に影響されやすいタイプ)。
わーい。

もっともこの4色ボールペン、書いてみると緑色が苔みたいな色ですが…。

プライベートの予定に苔が生えるなんて…(ショボン)
どこまで行っても残念なやのっちでした。
ではまた-。